普段、嫌いな音楽についての記事は書かないようにしている。その曲を好きな人がそれ読んで気分を害するのも嫌だし、大ヒットした曲をけなすと批判的なコメントで荒らされそうだし、おまけに、いまから俎上にのせる人に友人が最近インタビューしたと聞いてますます書きにくい(ごめんね)。でもたまにはいっか。
平原綾香がホルストの「木星」に日本語歌詞をつけた曲がしばらく前に大ヒットしたが、最初にJ-WAVEで聴いた時には「アイデアは安直で歌詞は陳腐だな」程度で、大して気にしなかったんですな。
ところが、毎日毎日聴かされてもううんざり。を通り越してとっても気持ち悪い。
何が気持ち悪いのかはっきりさせるために、今回この記事を書くにあたって、初めて歌詞を文字で見てみたんだけど、気持ち悪さの正体が分かりました。
- 気持ち悪さ、その1:胡散臭い。私の個人的感覚だが「誰かとつながっている」とか「一人じゃない」とか、そんなのストレートに繰り返し歌われると、とってもうそ臭い。まだ穢れを知らず(?)孤独も怖い小学生の頃だったらそんなにひねくれた感想も持たなかったかも知れないが、こんな歌詞の曲が大ヒットしてしまう事が気持ち悪い。
- 気持ち悪さ、その2:変な日本語と自己愛。『夢を失うよりも悲しいことは自分を信じてあげられないこと』?。くっさー。子供のオムツ用ゴミバケツよりも臭い。しかも『「自分」を信じて「あげら」れない』って日本語として変じゃないの?自分自身や無機物に対して「〜してあげる」ってのは変。料理番組などでも「卵をよくかき混ぜて“あげて”ください」というような用法をよく聞くが、丁寧に言っているつもりなのか?『夢を失うよりも悲しいことは自分を信じられないこと』でしょ。
- 気持ち悪さ、その3:押し付けがましさ。
- そもそも:好きな曲(の一部)に原曲のイメージを壊滅させるような歌詞を付けて一般大衆に広く流布されて気分悪い。
- 駄目押し:平原綾香に罪は無いが、私が加入しているMLで自己愛の塊のような女がこの曲を褒めちぎったのがマズかった。
という事で、この曲は見事、私の中では2nd worst J-Popの座を射止めました。
なぜ先日の日記に英国国教会の賛美歌の歌詞をアップし、今頃になってこんな事を書いているのかというと、最近また平原綾香の別の曲をTVかなんかで聴かされてうんざりしたから。
その曲はオフコースの「言葉にならない」。
『「平原綾香であの曲が聴きたい」というリスナーの声に応えて企画されたアルバム』(Livedoor Music)なんですか?ふ〜ん。
好きな曲だから歌詞はいいんだけどさぁ、人の褌で相撲をとりその声で原曲のイメージを塗り替えるのはいい加減にやめて欲しい…
- 平原綾香Official Website http://www.ayaka-hirahara.com/
- 松浦晋也のL/D『CDを買いに行く』 http://smatsu.air-nifty.com/lbyd/2005/05/cd_1a09.html
- 平原綾香の曲に関してはサラっと流されている程度だが、他の記事が面白い。あぁこの人ってどこかで見た名前だと思ったら『スペースシャトルの落日——失われた24年間の真実』の著者でした。『日本語では遊佐未森が、「a little bird told me」という題名で付けた歌詞が素晴らしい。「ジュピター」よりはるかに出来がよい。』だそうです。「a little bird told me」はアルバム「niwa」(1999)に収録
- フォルトゥーナの彷徨『ジュピター』 http://fortuna21.exblog.jp/i2
- 絵ロ具。『「ジュピター→感動」の構図はやめてけれ。』 http://dox.ameblo.jp/entry-df5c52eb014b8a03fd0b5d836d3ce9e6.html